2006年に惜しまれつつ34歳の若さでプロ野球を引退した新庄剛志。
その数々の伝説を残し「記録よりも記憶に残る選手」として、野球ファンを大いに賑わせたスーパースター。
そんな新庄剛志選手ですが、現在はどのような生活を送っているのでしょうか?
「悲惨な生活を送っている・・・」そんな噂もささやかれますが・・・
今回は、そんな新庄剛志選手の引退後の現在について詳しくお伝えしていきたいと思います。
目次
2006年にプロ野球界を引退した新庄剛志
プロフィール
名前:新庄剛志(しんじょうつよし)
生年月日:1972年1月28日
出身地:長崎県対馬市
投球・打席 右投右打
ポジション:外野手(主に中堅手)、内野手
プロ入り :1989年 ドラフト5位
経歴:西日本短大付属〜阪神タイガース(1990 – 2000)〜ニューヨーク・メッツ (2001)〜サンフランシスコ・ジャイアンツ (2002)〜ニューヨーク・メッツ (2003)〜北海道日本ハムファイターズ (2004 – 2006)
全盛期は阪神・大リーグで活躍
1989年 ドラフト5位で阪神タイガースに入団。
入団3年目の1992年には早くも頭角を現し、レギュラーを獲得。
低迷していたチームの最終戦の1試合前まで優勝争いに貢献し、一気にタイガースの顔に成長。
また、右中間守備コンビを組む亀山努らと共に活躍したことから亀山・新庄の頭文字をとり「亀新フィーバー」と称された。
その後も安定した守備と勝負強い打撃で人気実力共に低迷期のタイガースを支え続けました。
ニューヨークメッツ移籍初年度には外野3ポジションそれぞれで補殺を記録して総数は12(リーグ外野手5位、両リーグ新人外野手最多、球団新人外野手歴代最多〈当時〉)。
打撃では故障離脱の影響もあり規定打席には未到達(MLBでの3年間は毎年が未到達)ながら、満塁時に打率.583(12打数7安打)・打点17を記録するなど、勝負強い打撃と守備で活躍。
メジャー時代はわずか3年と短いですが、日本人初の4番。ワールドシリーズ日本人出場など、メジャーリーグでもその存在感を見せつけました。
晩年は日本球界に復帰しパリーグ人気の立役者に
2004年に日本球界に復帰した新庄剛志選手。
その復帰先に選んだのは、意外な事に無縁だったパリーグ。
しかも、当時そこまで人気もなく、パリーグでも陰の薄かった北海道に移転したての日本ハムファイターズ。
しかし、「札幌ドームを満員にする」「チームを日本一にする」という公言通り、引退を宣言した2006年にはチームを日本一に導きファイターズの躍進や人気に大きく貢献しました。
意外な事に新庄剛志選手の通算成績はNPB時代は.254、MLB時代は.245とそこまで目立った成績は残していません。
しかし、敬遠球を打ってサヨナラヒットを打ったり、勝負所に異常に強かったり、異様に肩が強かったり、派手なパフォーマンスやファンサービスを誰よりも率先して行ったり….
数々の伝説を残し “記録よりも記憶に残る選手” として、野球ファンを大いに賑わせたスーパースターです。
新庄剛志の現在はバリ島に移住し悠々自適な生活
さて、そんな新庄剛志選手ですが、引退後はバリ島に移住し、悠々自適な生活をしていると、度々テレビでも放送されていますね。
今からそんな新庄剛志選手のバリ島事情について詳しくお伝えしましょう。
なぜバリ島に移住したのか?
新庄剛志さんは引退から約4年ほどの2010年頃からインドネシアのバリ島に移住しています。
なぜ?突然新庄剛志さんがバリ島に移住したのか?
その動機がすごく気になるところですが、その答えは簡単で「誰にも気づかれずにのんびり過ごせるから」だそう。
その動機は2017年に放送された「強い虎を追っかけタイガース」に出演した際に語られていました。
この放送当時亀新フォーバーで共にタイガースを牽引したの亀山つとむ氏がバリ島を訪れ、インタビューはするというもの。
なんとも、CMの撮影でバリ島に訪れた新庄剛志さん。
夜中にふとビーチに行ってみようと思い立ち、ビーチに訪れた新庄剛志選手。
砂浜に寝転がりながらその綺麗な星に息をのんでいたところ、向こうからカップルが向かってきたそう。
自身が有名人が故にとっさに『ヤバい!声をかけられる』
そう思ったそうですが、ここは異国の地。
日本だったら気づかれ、声をかけられるはずがそのまま通り過ぎていったそう。
そして、他にも色んな人が自分の目の前を通り過ぎて行ったそうですが一切気づかれなかったと語る新庄剛志選手。
その瞬間『あ、ここ良いかも』そう思ったそうで・・・
のんびりとリラックスできる大自然、そして、自分を知っている人が少ないこの地に何とも言えない心地よさを感じ、バリに住む事を決めたそう。
思い立ったらすぐ行動の新庄剛志選手。
そのまま関係者に『今日からバリに住みます〜仕事も全部キャンセルで』こう伝え、そのままバリに移住してしまったといいます(笑)
なんともプライベートでもマイペースで突拍子のな
い事をするのは変わらないようですねw
この事については違う番組で更に詳しく話していましたが、本人は1週間のつもりが気がついたらそのままずるずる移住してしまったそうw
移住を機に当時の奥さんとも離婚
また、このバリ移住を機に当時の奥さんのモデル・大河内志保さんとも離婚したようで、メールでそのまま離婚する意思を伝えたそう….
恐らく多くの女性がもしその立場だとしたら突然すぎて発狂するでしょうね(笑)
奥さんからしても、引退してやっと2人の時間が作れると思っていた矢先の突然の出来事で、何がなんだか分からなかった事でしょうw
しかし、新庄剛志選手らしいその自由奔放な行動ですが、奥さんの立場になると気の毒で仕方ないですね…
すると、新庄氏はバリに移住した経緯についてテレビで初告白していく。新庄氏によると、バリにはCM撮影で訪れたことがきっかけで、夜中に砂浜で見た綺麗な星に感動して移住を決めたという。すぐに当時の妻にメールで「今日から僕はここに住みます!」と送ったそうだが、妻からは「はっ?意味分かんない」と困惑の返事がきたのだとか。しかし新庄氏は「俺も分かんないけど、ごめん」と謝罪し、慰謝料など数億円を払い離婚したという。
新庄剛志の現在はバリ島で何をしてるの?
悠々自適な生活を送っていた
まあ、ほとんどの人が何となく想像していたでしょうが・・・
現役時代に稼いだお金は総額50億円ともいわれ、働く必要はないようですね(笑)
ほぼセミリタイア状態でバリ島では誰もがうらやむ悠々自適な生活を送っているようです。
こちらが最初に8000万円で購入した新庄剛志選手がバリ島で購入した別荘。
敷地内にはお手伝いさん3人が済む離れの家まであるようで、めちゃくちゃ豪邸に住んでいるようです。
バイクも1500万円相当計8台も所有し、バリ島で乗り回しているようです。
一人では十分すぎるほどの家に住み、かなり悠々自適な生活を送っているみたいですね!
※現在は違う豪邸に引っ越ししたようです。
モトクロスでプロを目指す
また、2011年に放送された「世界の強運 実話31連発持ってる人グランプリ」でバリ島に住んでいる新庄剛志選手を密着するというロケでかなり本格的にモトクロスのトレーニングをしている新庄剛志選手の姿が放送されていました。
なんともプロを目指していたそうで、かなり本格的にやっていたようです。
当時インドネシアチャンピオンの男の子と一緒にトレーニングをしていたり、本人はいたって本気でやっていたようですね。
年齢にこだわらずいつまでも挑戦し続ける姿勢はめちゃくちゃかっこいいですよね。
ただ、この密着ロケは2011年に放送されたですから今から8年前のこと。
それ以来、モトクロスでの話は出てこないですから、プロは諦め今は趣味程度にやっているのでしょうね。
エアブラシアート
また、もう一つ新庄剛志選手がバリ島で取り組んだものに、エアブラシアート(エアブラシを使用する絵画制作およびメイクアップ)があります。
絵画制作を始めたきっかけは、2008年11月23日放送の日本テレビ『行列のできる法律相談所 ~有名人100枚の絵でつなぐ カンボジア学校建設プロジェクト~』のチャリティーオークションへの出品作品を描いたことだそう。
また、このエアブラシアートの師匠がバリにいたからだと周囲に話していたそうなので、このバリ島移住は絵画に取り組める環境があった事ももう一つの理由だったのでしょうね。
2009年には個展も開いており、趣味の範囲を超えているその作品の数々・・・
作品数は2008年12月時点で30作を超えたそう。
笑っていいともでタモさんの為に作ったものらしいです(笑)
作品の売却収入も過去にはあり、「青空・夕空・夜空」を描いた、タイトル「Shinjo is Shinjo」は日本ハムファンの人物により300万円で落札されました。
モトクロスもそうですし、一度のめり込んだら徹底的にするというのはまさにアスリート気質ですね!
新庄剛志の現在は借金で悲惨?壮絶な引退後の金銭事情
「新庄剛志 現在」とネットで検索すると、「新庄剛志 現在 悲惨」と出てくる訳ですが、一体何が悲惨なのか?
少し気になるところですが、実はこの悲惨と世間に認識されている大きな理由としてこの「金銭トラブル」が挙げられます。では、一体どんな悲惨な金銭問題だったのか?
今から引退後の新庄剛志さんの悲惨な金銭トラブルについてお伝えしたいと思います。
引退後に25億円騙されていた?
現役引退後、インドネシア・バリ島への移住を決め、資金をすべてバリに持って行くために口座を確認。
現役時代約50億円は稼いでいたと言われる新庄剛志選手。
税金などを払っても25億円ぐらいは口座に残っているんじゃないかと考えていたそう。
しかし、残高はなんと2200万円のみ。プロ入りした頃から金銭管理をすべて任せていた知人のAさんが使い込んでしまっていたというのです。
訴訟を起こしたそうですが、Aさんが自己破産したことで裁判は終了。戻ってきたのは8000万円だけだったといいます。
「俺の感覚だと、税金とかを払っても25億円ぐらいは口座に残っているんじゃないかと思ってたんだけど、Aさんが勝手に会社の資金に使っちゃったらしくて。『返してほしい』と言っても拒否されたんだ。Aさんはいくつもの会社を経営していて、もともと母の知り合いだった人。付き合いも長く、親戚のおじさんのような存在だったから、ショックだったな」
現役時代はお金の管理もこの知人に任せきりでかなりずさんな金銭管理だったという新庄剛志選手。
高校卒業と同時にプロ入りし、仕事もアルバイトも経験がなく、もちろんお金の管理もやったことがなかったそう。
しかし、この事件をきっかけに40代になって初めて自分でお金を管理するようになり、お金の大切さを知ったといいます。
「まかせっきりにしてチェックしていなかったオレの責任でもあるんだよね。Aさんは、『銀行にお金が溢れすぎて青カビが生えていた』って例えていたけど、まさにそのとおり。当時のオレにとっては1億円が1000円ぐらいの感覚だったから。お金に対する感覚がずさんすぎたんだと思う」
現在はお金に執着しない生き方に目覚める
現役時代は欲しいものを手あたり次第買いまくっても、つぎつぎにお金が入ってくる状況だったそう。しかし、新庄さんは、お金があればあるほど「つまらない」と感じるようになったといいます。
そして、この知人の横領事件。
しかし、バリ島に移住した事で、お金の有り難みを感じるだけでなく「お金がなくても感じる幸せ」これに気づいたといいます。
「バリに移住してからは、年間120万円の家賃を90万円に下げてくれないかって交渉もした。お金があるときは120万円なんてひと晩で使ってた額だから、最初のうちは『何をしてるんだろう、オレ』って思ったこともあったよ。
でも、だんだん交渉したり節約するのが楽しくなってきたんだよね。普段の買い物でも、近くのスーパーの50円の水ではなく、少し遠いスーパーまで20円の水を買いに行く。面倒だけど、普段から工夫を凝らしてコツコツ努力するのって、すごく楽しんだよね。『幸せってこういうことなのか』って感じたな。お金があったら、人を雇えばいいから自分は動かなくていい。でも、それじゃつまらないって初めて気づいたんだ」
バリの密着ロケの際も、服やサングラスも現地で買った数百円のものを身につけていたり、食事も現地の100円ほどの食堂で済ませたり、以前とは打って変わって「お金に執着しない生活」というものを楽しんでいるようでしたね。
このような生活でしたら、減っていくお金も全然少ないでしょうし、事件にあったとはいえ、金銭的にも精神的にも悠々自適な生活を送っているようです。
とはいえ収入が必要な状態でもある
引退後に横領にあい、2200万円しか残っていなかった新庄剛志選手。
もちろん、一般人よりは資産も多いでしょうし、当分は余裕のある生活ができるでしょう。
しかし、あの事件にあったことで一生働かなくて良いような良い状態。
そんな状態ではないようです。
しかし、新庄剛志選手ほどのレベルでしたらちょっとテレビ番組に出演するだけでも数百万円稼ぐ事もできますし、CMの依頼もくることもあるでしょう。
年に数回のお仕事だけで十分裕福な生活をすることもできるでしょうね。
本の出版でお金稼ぎも?
また、自身のしくじりや引退後の生活を元にした著書『わいたこら』を出版し、印税での収入にも乗り出した新庄剛志選手。
かなり壮絶な体験ですし、新庄剛志選手の引退後に興味をがある人も多いと思うので、この本での印税もかなりの額になるのではないでしょうか。
しかし、以前あるインタビューでこの本での印税はあまり考えていない。そんな事も語っていました。
その理由が、苦労している人たちからお金を取るのが気が引けるという何とも新庄剛志選手らしい考え。
このインタビューでは他にも2軍から1軍に上がったばかりとか、家を建てたり、子どもが生まれたりした直後とか、結婚したてのピッチャーがとにかく苦手だった。
そんな事も語っており、「オレ、ここで打っていいんだろうか? オレが打ったら、この子また二軍に逆戻りかな」なんて考え始めると、もう全然集中できなくなる。そんな事を考えてしまうそうで、ある意味新庄剛志選手は心が優しすぎてビジネスをするのには良い意味であまり向いていないのかもしれませんね。
── ところで、もう一度大金を稼ぎたいとか、そういうモチベーションはないんですか?
新庄 最近、だいぶお金が減ってきたからね。そろそろ本腰入れて稼ごうかな、と思って。この『わいたこら。』という本の印税で2億くらい稼ごうかなと考えてたんですけど……。
── ですけど?
新庄 東京に来て街を歩いている人たちの背中を見てたら、なんかみんなめちゃくちゃさみしそうで、疲れている感じで……。「この人たちから儲けるのって違うかな」って思えてきちゃったんですよね。 なんなら、この本タダで配ってもいいかな、と。最終的にはお金どうこうよりも、ポジティブなメッセージを伝えることのほうが大事だし。
新庄剛志の現在は悲惨どころか常にハッピーだった
以前、TBS「世界くらべてみたら」の新庄剛志選手のバリ島での新居探しの密着ロケの際、「どんな時にバリに来て良かった?」そんなことをスタッフに聞かれた新庄剛志選手。
そんな新庄剛志選手の答えは「毎日思う」「常に最高だなと思う」そんな事を答えていました。
もちろん、過去には信頼していた人に裏切られただけではなく、ほとんどのお金を失い、金銭的には昔以上の余裕はないかもしれません。
しかし、お金よりも大事なものをこのバリ島で見つけた。
それが新庄剛志選手の人生にとって最も幸せなことだったのではないでしょうか。
2019年にはまさかの現役復帰など、また世間を賑わす大胆なことを発表しましたが、これからも新庄剛志選手には目が離せませんね!