TOKIO城島茂の生い立ち。出身高校や大学など学歴や、母子家庭で苦労した過去も!

TOKIO城島茂の生い立ち。出身高校や大学など学歴や、母子家庭で苦労した過去も!

デビュー以来、TOKIOのリーダーとして人気を博してきた城島茂さん。

現在では、新しく設立した「株式会社TOKIO」の社長としても話題になっていますよね。

そこで今回は、城島茂さんの生い立ちについてご紹介します!

出身高校や大学などの学歴、さらには母子家庭で苦労したという幼少期についてもご紹介します!

城島茂さんのTOKIOデビューまでの生い立ち

城島さんはTOKIOとしてデビューを果たすまで、意外にも壮絶な人生を歩んでいたようです。

城島茂さんの小学校時代

城島さんが小学3年生の時、両親が離婚されています。

その原因とされているのが父親の逮捕です。

城島さんの父親は手形詐欺の罪で逮捕され、刑務所に入られました。

そんな状況に耐えきれなくなった母親は離婚を決意し、城島さんを連れて新天地へと向かったそうです。

こうして母一人、子一人の生活が始まった城島さんでしたが、その生活はとても苦しいものだったようで、時には自分で釣ったフナや自宅の裏庭で摘んだ雑草を食べていたとのこと。

城島さんは大阪府にある八尾市立刑部小学校に通っていましたが、家庭環境の影響もあり友達は少なく、徐々に不登校気味になっていったのだそう。

城島茂さんの中学校時代

小学校を卒業した城島さんは奈良県に移住し、大和郡山市立郡山中学校に通っていました。

しかし、中学に入っても友達は少なく、またしても不登校になってしまったそうです。

そんな城島さんにある転機が訪れます。

それは中学3年生の時、テレビで少年隊が「仮面舞踏会」を歌っている姿を見て衝撃を受けたことです。

当時は歌や踊りに全く興味のなかった城島さんでしたが、少年隊を目にして以来、ジャニーズに入ることを決めたのだそうです。

城島さんは少年隊の中でも、特に東山紀之さんに強い憧れを抱いていたんだとか。

城島茂さんの高校時代

奈良商業高校に進学した城島さんは、すぐさまジャニーズ事務所に履歴書を送りました。

すると、ジャニー喜多川さんから直々に電話があり、後日直接会うことに。

そして、オーディションなしの一発合格を果たしたのです。

1986年、期待の大型新人として念願のジャニーズ事務所に入所しました。

また、城島さんといえばTOKIOのギター担当ですが、ギターを始めたのも高校に入学してからだそうです。

もともとは友達の影響でギターに興味を持ったそうで、毎日の練習を経て現在の腕前までに至ったようです。

高校1年生の頃にジャニーズ入所(1986年)

オーディションなしという異例のパターンで入所した城島さん。

ついに芸能界という煌びやかな世界に足を踏み入れたわけですが、1年半仕事がなく、順風満帆なスタートとは言えない状況でした。

そんな日々の中で、この先もアイドル活動を続けていくのか、将来について悩んだ時期もあったそうです。

実はアイドルとして活動する傍らで就職活動もしていたようで、不動産会社の内定をもらっていたとのこと。

しかし、最終的には芸能界という道でやっていくことを決め、その内定を蹴って18歳の時に上京しました。

そのため、高校卒業後は大学には進学せず、本格的に芸能活動に力を入れていったようです。

そんな城島さんでしたが、ジャニーズとして活躍していく上で致命的な欠点がありました。

それはダンスです。

城島さんはかなりの運動音痴で、ダンスを苦手としていました。

そのレベルは「麦踏みダンス」と呼ばれるほどだったんだとか。

そんな中、ギターを得意としていた城島さんは「自分にはギターしかない」との思いから、ジャニーさんに「バンドをやらせてほしい」と直談判しました。

それが認められ、ジャニーさんから紹介された山口達也さんと共に「城島茂バンド」を結成。

その後、国分太一さん、松岡昌宏さん、最後に長瀬智也さんが加わり、TOKIOが生まれたのです。

TOKIOデビュー(1994年)

1994年、ついにTOKIOがデビューを果たします。

TOKIOという名前は、海外に行った時に日本のバンドだとわかるように、世界に羽ばたいてほしいとの願いを込めてジャニーさんが名付けたそうです。

そんな大きな期待を寄せられていたTOKIOですが、CDを出せばオリコン1位があたりまえなジャニーズの世界で、そこにたどり着くまでに7年掛かります。

険しい道のりを歩んできたTOKIOでしたが、そんなTOKIOを城島さんはリーダーとしてずっと支えてきました。

城島さんといえば、「リーダー」という愛称でメンバーだけでなく、ファンや世間の人々からも親しまれていますよね。

メンバー曰く、「リーダーというのはただのあだ名」とのことですが、以前番組にて「ここまでやってこられたのはリーダーのおかげだ」との発言もあり、城島さんはメンバーからしっかりと慕われているようです。

また、TOKIOといえば冠番組である「ザ!鉄腕!DASH‼︎」で様々な活躍をし、DASH村のある福島県にも多大な貢献をしてきた功労者です。

特に城島さんは農業に関するプロ並みの知識を持っており、移動式クレーン運転士免許も所持するなど、もはやアイドルの枠を超える活躍で老若男女から幅広く愛されています。

現在は株式会社TOKIOの社長として活躍

これまで様々な分野で活躍してきたTOKIOですが、この4月から「株式会社TOKIO」として新たなスタートを切りました。


最近では、丸亀製麺との共創型パートナーシップの締結が話題になりましたよね。

株式会社TOKIOと丸亀製麺がタッグを組み、うどんで日本を元気にする取り組みに力を入れていくとのこと。

先日行われた記者発表の場では、社長らしく立派に振る舞う城島さんの姿が見られました。

途中、国分さんと松岡さんから「リーダーの頃はよく噛んでいたが、社長になってからはあまり噛まなくなった」とイジられる場面もあり、メンバーとの関係性は今でも変わっていないようです。

また、ABCテレビでも「ほのぼの茂」という番組が始まりました。

今後城島さんは社長として、アイドルグループから会社へと進化を遂げた新しいTOKIOを引っ張っていくことでしょう。

優しい性格や愛されるキャラクターの裏側には母子家庭で苦労した生い立ちがあった!

父親の逮捕によって母子家庭を余儀なくされ、幼少期はとても裕福とは言えない環境の中で育った城島さん。

その苦労を乗り越え、TOKIOのリーダーとしてメンバーやファンからも愛されてきました。

今後はリーダーとしてだけではなく、株式会社TOKIOの社長として、新たなステージで更なる活躍を見せてくれるはずです。

そんな城島さんの動向に、これからも注目していきましょう。